今朝、NHKテレビ体操の前の中国語講座を見ていたら(勉強しているわけではなく、惰性で・笑)、ドキュメンタリーを制作している中国のカメラマンが出てきた。彼は中国でも一番貧困だと言われている地区の子供たちに勉強を教えていたことがあって、その地区の動画をちらりと見せてくれた。
年収10万円で家族を養う肉体労働のお父さんが、
「学問を身につけられれば、もっと違う仕事ができるようになって生活が楽になるから、子供たちに勉強を教えてくれるのは助かる」と言っていた。
畑で働く女の子(10歳くらいかな)に、
「仕事が早いね」と褒めると、
「ずっとやってるから。働くしかないから。」と言い、
「本当はここを出て引っ越したいけどお金がないから…」と諦めたような寂しい顔だった。
自分の暮らす場所を「好きじゃない」というのは不幸だ。
今の日本なら自力でなんとかそういう環境から脱出する術もあるが、自分でなんとかするにはあまりにも大変な国や地域に住む子供たちは、どうすればいいのか。
「自分の置かれた場所や環境でがんばってみなさい」みたいなことを聞くけれど、貧困している国や戦争している国ではなんだか絵空事なだけのような気がしてならない。
こういう言葉はある程度最低の生活が保障されている国にしか通用しないのでは?と思ったが、考えてみれば、どうにもそこから脱出できないなら、それを受け入れて頑張るしかないわけで、その中で自分の幸せを見つける努力をせよってことなのかな?その幸せがとても小さなものだったとしても。
《今日のひとコマ》
今日は雨模様。